ナイキの「ヴェイパーフライ4%」の登場を皮切りに、厚底シューズが一気にランニング界でブームとなりました。カーボンプレートの内蔵や、改良されたミッドソールによってエネルギー効率が向上し、同じペースでもこれまで以上に“楽に”走れるようになったのです。
現在では多くのランナーがこの厚底カーボンシューズを愛用しています。レースだけでなく、練習時にも使用する人が増えていますが、果たして練習でも厚底シューズを履くことは効果的なのでしょうか?
この記事では、厚底シューズを練習で使用するメリットとデメリット、さらにはランニングフォームへの影響について考察していきます。
厚底シューズを練習で使うメリット
東海大の丹治先生の研究によると、ナイキのヴェイパーフライ(VFN%)と他モデル(SF7)を比較した際、VO2maxに有意差は見られなかったものの、ランニングエコノミー(RE)は平均5.7%改善されたことが報告されています。
これは理論上、空気抵抗を無視すればフルマラソンのパフォーマンスが約4.8%向上する可能性があり、例えばフルマラソン3時間のランナーなら、2時間51分ほどで完走できる計算になります。1kmあたりではおよそ12秒の短縮です。
つまり、厚底シューズを履くことで、同じペースでも少ないエネルギーで走れる=「楽に」走れるようになります。
この特性を活かして練習に取り入れることで、
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これまでこなせなかったスピードの練習が可能になる
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同じペースでも楽に感じることでモチベーションが向上する
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クッション性が高く、足への負担が軽減され、継続的な練習がしやすくなる
といった利点があります。特に、高強度な練習後でもダメージが少ないため、トレーニングの継続性が保ちやすいのは魅力です。
練習で使う際のデメリット
厚底シューズの最大のメリットである「楽に走れること」は、裏を返せば身体への負荷(刺激)が減っているとも言えます。
例えば、以前と同じペースで走っていても、厚底によってエネルギー効率が改善されているため、筋肉や心肺系への刺激は弱まっているのです。
そのため、
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同じ刺激を与えるには、厚底シューズではペースを上げる必要がある
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結果として「主観的なきつさ」は、薄底で走るのとあまり変わらなくなる
といった状況が生まれます。タイム的には速く走れていても、トレーニングとしての負荷が不足してしまう恐れがあります。
さらに、厚底シューズは足部への負担が減る一方で、
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膝への負荷が増えやすい
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膝関節周辺の故障リスクが高まる
といった点にも注意が必要です。「厚底だからケガをしにくい」というわけではなく、負荷のかかる部位が変化すると考えるべきです。
フォームへの影響にも注意
ランニング中、接地の瞬間(支持局面)では足関節がやや背屈していることが理想とされます。これは、アキレス腱が「伸びて縮む(伸張―短縮)」ことで推進力を生むからです。
また、先ほどの研究でも、もともと足関節が背屈位にあるランナーほど、厚底の恩恵を大きく受けることが示されています。(最大17%ランニングエコノミーが改善)
しかし、厚底シューズを履くとヒール部と前足部の高低差(ドロップ)によって、足関節が底屈しやすくなります。その結果、アキレス腱が緩み、弾性エネルギーの発生が低下することが考えられます。
その状態で練習を続けると、アキレス腱の弾力による推進力を活かしにくいフォームに適応してしまい、長期的にはアキレス腱の機能低下につながる可能性があります。
厚底シューズが優れたエネルギーリターンを持っているとはいえ、身体本来の機能を使わない走り方に慣れてしまうリスクもあるのです。
まとめ:厚底シューズと上手に付き合うために
厚底カーボンシューズは、レースパフォーマンスを大きく向上させてくれる強力な武器です。しかし、その分身体へのトレーニング効果(刺激)は抑えられてしまうため、使いどころを意識する必要があります。
おすすめは、
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練習では薄底シューズを使い、足関節の背屈を意識したフォームを身につける。
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レースでは厚底シューズで記録を狙う
という使い分けです。
秋のレースシーズンに向けて、今年はあらためて「薄底シューズでしっかり鍛える」時期を作ってみてはいかがでしょうか?
適切に使い分けることで、あなたのランニングはきっとさらに進化します。
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